2018年5月22日火曜日

蔵ノ音ギバナシ vol.1

6月10日、北杜市大泉の古民家宿・町屋亭併設の蔵にて、東京から所縁の深い仲間を招いてのライブを企画しました。






町屋亭の蔵の内装デザイン・雰囲気からイメージしたメンバーを呼ぼうと思ったら、以下のお二人になりました。

行川さをり(vocal)
大学入学と同時に音楽に目覚め、その後、ボーカリストDianne Reevesに影響を受けてブラジル音楽に傾倒し、JazzとBrazil音楽を歌うセッションボーカリストとして都内を中心に活動している。本来の歌唱法にとらわれず、絵を描くような、自由で即興的な声の表現が特徴。Dianneへのリスペクトを持ちながら、独自の「インストゥルメンタルヴォイス」によるオリジナルな空間表現を目指している。
2010年12月に1stアルバム「Se Pudesse entrar na sua vida」をリリース。2枚目のミニアルバム「Fading Time」を2013年3月リリース。2015年12月にはリーダートリオphacoscape(ファコスケイプ:ピアノ伊藤志宏・クラリネット土井徳浩とのトリオ)名義で「[-scpes,]」をリリース。 このほか、TVCMでの歌唱やコンピレーションアルバムへの参加など、幅広く活動している。(NTT docomo /JR東海/富士通/資生堂/シャディー.etcのTVCM歌唱、トリビュートCDアルバム「大滝詠一“A LONG VACATION”from ladies」参加 など)

初共演は10年以上前、ジャズ・スタンダードばかり演奏するライブでした。ただその頃は王道ジャズ、中でもジャズ・ヴォーカルの伴奏が全く得意ではなかったので、「なんか…ほんとすいません」てな感じでした。後で聞いたらさをりちゃんもその日はそんな感じだったようですが(笑)。
数年後、ピアノの伊藤志宏から「最近デュオで一緒にやってる行川さをりってすげーんだけど知ってる?」と聞き、直後に橋本trioのライブに来てくれて久々に再会。
その次の橋本trioライブだったか、織原良次が出演できなくなった日がありまして、ベースの代役を入れる気にならなかったので「さをり=志宏=橋本」でライブを決行しました。ジャズ・ヴォーカリストだと思っていた行川さをりは実は完全即興もディープなブラジルも、何と橋本オリジナルもいけるとわかり、この日のライブは記憶に残るものとなりました。
この「さをり=志宏=橋本」は後にレギュラー化し、志宏曲や矢野顕子の曲、ボサノバや3人で作った曲をやりました。一方でギターの前原さんとも繋がりがあった事から「さをり=前原=織原=橋本」という4人でも、ポルトガル語でのブラジル音楽を中心に長く活動を共にしました。

日本語・ポルトガル語での歌のレパートリーが多く、英語の歌は僕はたまにしか聴いた記憶がない(笑)という珍しい人です。普通のヴォーカリストは歌詞とスキャット(詞が無くてメロディのみ歌う)だけですが、彼女はその間の、言葉が生まれるか生まれないかみたいな場面があり、驚かされます。瞬間瞬間に音を紡いでいく様が圧巻で、引き込まれます。
打楽器にも独特の観点があり、あるライブのセッティング前に「あの…大変申し訳ないんですが…今日バスドラム無しでやってみたいんですがいいですか?」→僕「まじで!?喜んで!」。多分他のドラマーなら大変困るだろうアイディアですが、僕に限り需要と供給が成り立っています。
ある日のセッティングはこんなにしてみましたが、楽しく共演してくれました。
前原孝紀(g)
1970年生まれ。
早稲田大学在学時に、横浜国立大学ジャズ研究会に所属。
2002年 ギブソン・ジャズギター・コンテスト入賞。
ブラジル音楽、ジャズ、ポップスを演奏。最近は主にガットギターでライブ活動中。

はい、大学ジャズ研の先輩です。
高校まで無敵だと思って大学ジャズ研に入ったらめちゃ楽器が上手い先輩・OBが沢山いて、自信とかプライドとかいろんなものがいい意味で粉々になりました。そんな先輩の1人です。
前原さんは夜中によく部室に現れ、2人っきりの時はそれぞれ個人練していたのがいつしか即興セッションになり、言葉少なでシャイな人ですが、自分みたいな大学1年生でもポツポツ会話してくれました。
「橋本はどんなのが好きなの?」
「えーと、〇〇とか××とか…」
「あっそう、なら△△知ってる?CD貸してあげるよ。これいいよー」
この関係が今も何も変わっていなくて(笑)。
ジャズ研時代の前原さんの印象は、とにかくストイックにひたすら基礎練をしていて、あらゆるジャンルに詳しく、演奏会ではスーパープレイをし、現役OB皆から一目置かれていた存在でした。一見怖そうですが後輩の我々にはとても優しく、色んな事を教わりました。
卒業してプロ活動に入って数年して、先の行川さをりちゃんが前原さんと活動していると聞き、しかも以前のセミアコではなくクラシックギター奏法を取り入れ、ガットギターでブラジル音楽を演奏しているという。
ならば一度3人でやってみましょうとなり、前原さんと再会。ストイックな雰囲気はそのまま、ガットギターを弾く前原さんはとても新鮮でした。
そこに織原良次(flb)が加わり2年近く4人で活動、さらには前原(g)織原(flb)橋本(ds,per)という「前原孝紀(g)trio」も何度かやりまして、そちらでは他では聴けない前原さんのオリジナルも披露しました。
そんな中で、最も前原さんに助けられた仕事はミュージカル「ラブ・イズ・ミラクル」でのソロ演奏でした。演出脚本家から橋本学に全曲作曲依頼ただし演奏はアコースティックギター1本で。この時真っ先にイメージしたのは前原さんでして、ご本人も快諾。劇伴は稽古・本番にバンドがつきっきりで大変な中、真摯にイメージ以上の演奏をして下さって、さらには作曲・コード付けのアドバイスも沢山貰えました。
もう出会って20年以上経ちますが、未だに、尊敬すべき良き先輩です。ジャズ・ロック・ブラジル・クラシックのあらゆるリズム・奏法をマスターしている上で、とにかく音を少なく静かに、しかし鋭く展開させます。でもなんか、泣けるのです。

こんなお2人となので、恐らく特定のジャンルに固まらず、裏を返せばどんな曲でもかなりディープな世界になりそうです。「蔵の音ギバナシ」なので、お伽話っぽい選曲をご用意するつもりです。以上が精一杯の言葉での説明です。プロモーションするのが大変難しい音楽です(笑)。
試聴になるかわかりませんが、2人でのライブなら以下の動画があります。曲は谷川俊太郎さん作詞・谷川賢作さん作曲の「さようなら」。賢作さんとは3人ともご縁があり、この曲は矢野顕子さんの歌でも有名です。



会場は30席あまり、席数に限りがありますのでご予約推奨です。以下のメールアドレスまたは携帯番号にて承ります。皆様のお越しをお待ちしています。

6/10(土) 蔵ノ音ギバナシ vol.1

行川さをり(vo)
前原孝紀(g)
橋本学(ds,per)

open 12:00 start 13:00
¥3000(1ドリンク付)
会場:町屋亭 (山梨県北杜市大泉町谷戸2076)
ご予約・お問い合わせ:sonorakka@gmail.com または
090-6475-3999(ハシモトまで)

2018年4月10日火曜日

△0=Major Zero??新着動画公開

橋本学"△0"trioと名前が付いて早2ヵ月。名前っつうかロゴマークなので活字化不能ですが。コードネーム△7=メジャーセブンみたいに「メジャーゼロ」にしようかな。

今年は色々と動きを設けていく中で、今楽しくて仕方ありません。直近のライブ動画を何度も見つつニヤニヤしたり、ロゴマークの読み方を考えてみたり、MC中のやり取りを振り返ってみたり。
僕は十代からジャズに親しみ始めてから、一貫してピアノトリオが好きなのですが、ピアノトリオと言っても色々あります。自分がめちゃめちゃハマったピアノトリオと言えば、

・Chick Corea  John Patitucci  Dave Weckl
・Keith Jarett  Gary Peacock  Jack Dejohnette
・Michel Petrucciani  Anthony Jackson  Steve Gadd
・Steve Kuhn  Miroslav Vitous  Aldo Romano
・Chick Corea  Miroslav Vitous  Roy Haynes
・Peter Erskine  John Taylor  Palle Danielsson
・Joachim Kuhn  J-F Jenny Clark  Daniel Humair
・Lyle Mays  Marc Johnson  Jack Dejohnette
・Eliane Elias  Marc Johnson  Peter Erskine
あと、
・南博 安ヵ川大樹 外山明
なんてのもありました。

しかし、自分のバンドを組む時に別にピアノトリオにこだわった訳ではなく、自分が仲間として迎えたい2人がたまたまピアノとベースだったのかもしれません。この動機は重要で、実は現在も継続中で、良いピアノと良いベースを呼んだのでなく、伊藤志宏と織原良次とでバンドをやりたかったという事です。

とはいえ具体的にトリオの形でスタートした2005年当初は、やはりどこかで自分の好きだった上記のトリオ達を橋本trioに投影してしまっていました。
時を経て2018年、直近のライブ動画を見ながらつくづく思ったのは「こんなサウンドのピアノトリオは古今東西何処にも無い!!」という事です。自分としては聴き慣れたサウンドですが、ふと客観的に様々なピアノトリオと比べると、いつの間にか全く新しい個性が出来上がっていて愕然としました。無類のピアノトリオマニアの僕が言うので間違いありません(笑)。

2005年から一貫しているのは、メンバー2人がリーダーとしてドラマーとしての自分を無条件で受け入れてくれていると感じられる事です。自分の役目は、その安心感をそのまま同じようにバンドの場に提供する事かなと思います。楽しすぎて軽く浮かれつつ。それをバンドの場で共有しつつ、お客様と共有しつつ、無尽蔵のエネルギーを家にお持ち帰りいただければと思います。これが我々「ゼロ」の役目かなあ。もうちょっと整理してわかりやすく説明できるようにしておきますね。

以下、2018年2月1日ライブより「このトリオにうってつけの、眠っていた」志宏オリジナル曲「雪閃(せっせん)」。志宏によるタイトル解説と織原良次のナイスリアクションが動画の頭とお尻にあります(笑)。

2018年3月2日金曜日

H ZETTRIO ピアノトリオスコア2冊のドラム担当しました

昨年は、バンドスコアの譜面作成の仕事に携わりました。
そのバンドはというと、かつてのPE'Zのリズムセクションである「H ZETTRIO」です。
あんまりちゃんと聴いたことなかったんですが、とにかくこの音源を聴いてドラムを聴き分けて譜面に起こすと。
じゃあまあとりあえず1曲聴いてみようか。

…まじか、これやるんですか…。
速い・複雑・音数多い。こんなん譜面にできるんやろか。

まあとにかくやりましたわ、こんなんばっかり7曲。それがこちらです。
ピアノトリオスコア(Piano/Double Bass/Drums)H ZETTRIO 『PIANO CRAZE』(ヤマハミュージックメディア)

中身はお見せできないので、自分用の下書きを。


×がシンバルで上から2段目がスネアで下がバスドラです。
もうとにかく6連符と32分音符の嵐で死ぬかと思いました。全部高速です。やむなく一部、スローダウンアプリ使いましたが。
あと何が大変かって、ロックポップス系ドラムとジャズ系ドラムの一番の違いは「ジャズ系ドラムはパターンで動かない」という事です。譜面を作る時に、一つのパターンを聴き取って、あとはそれを繰り返し、というわけにはいかないのです。
とにかく全部聴いて順番に譜面に起こすのです。

自分の耳と集中力と、同じドラマーとして「ここでは何をやろうとしたのか」という想像力を駆使しました。使用セットをYoutubeと画像検索で判定しながら、ドラムのKOUさんのプレイ傾向と対策を分析しましたねー。
そうこうしているうちに、HZETTRIOの音楽に段々感情移入してきて、なぜこのバンドに多くの人が魅了されるのかわかってきました。
完コピ=トランスクライブなわけですから、実はちょっと自分のドラミングにも影響がありました(笑)。

これは自慢なのですが、完全即興ドラムソロもぜーんぶ無理矢理譜面に仕上げまして(始めての譜面仕事でどこまでやっていいのかわからず)、スコアの中のメンバーへのインタビューでその箇所に触れてあり、対するKOUさんの感想が

どうだまいったか(笑)
いやもう気合いと根性と執念です。それは自分でも凄いと思う。

その後なんと2冊目もお仕事いただき、今度は16曲!!
ピアノトリオスコア(Piano/Double Bass/Drums) H ZETTRIO 『Beautiful Flight』ヤマハミュージックメディア)


この2冊をやってみて思ったのは、自分は聴き取り→譜面起こしが得意だという事でした。やっていて凄く楽しかったです。他のドラマーの頭の中を覗ける(笑)し。あと、自分でも作業スピードがえらく速いなと思いました。1曲譜面起こし→清書までだいたい1日半でした。
正確さ・精度についても、何度かあると言われていた校正作業が結局1回で済んだので、問題なかったようです。

HZETTRIOファンの方はもちろん、大きめの楽器店ならバンドスコアかピアノ楽譜コーナーにおいてありますので、ご覧になってみて下さい。ドラムの譜面は複雑になればなるほどいい感じの幾何学模様っぽくなるので、叩けなくても眺めているだけで楽しいです。

最後に、この仕事を紹介して下さり、本入力・校正や事務処理やMacのメンテのアドバイスまで下さった大学ジャズ研の先輩でベーシスト・平川理雄さんに感謝を申し上げます。ありがとうございました!

2018年1月25日木曜日

2月1日「かつて橋本学trioと呼ばれたアーティスト」live@Z.imagine


さあこの真ん中のロゴマークは何でしょう?
年明けから県内にある「ゼロ磁場」の事が頭から離れなかったんですね。詳しくはこちらのサイトで。少し抜粋すると、

〜2つのエネルギーが向き合うことによって、本来発生するはずのエネルギーが見かけ上、ゼロになっている状態です。
でも、本当にエネルギーはなくなってしまったのでしょうか?
それは、力の同じ二人の力士が、がっぷり四つに組んで動かない状態と同じで、両側から強い力で押しているのに、見かけ上静止しているように見えるだけで、実際には双方からエネルギーが加わっています。〜


おお、うちのトリオは一見静かだけどめっちゃエネルギーに満ちているなー、と思い、そんなイメージからまず以下のロゴマークが浮かんだのです。
でもさすがにこれをバンド名にするわけには、何でもいいから言語化しよう。ゼロ磁場って英語だと「ゼロ・ポイント・フィールド」じゃなかったっけ?→調べる→「ゼロ・ポイント・フィールド」はゼロ磁場ではなく、それどころじゃなかった!!

科学的には、まず量子力学の分野でこちら→零点エネルギー(wiki)の概念が生まれ、科学的な視点で研究がスタートしましたが、現在では精神世界の分野からの検証も進められています。実際に霊感商法をうたったような怪しいサイトもいっぱいありますが、こちらの説明が極めて客観的で簡潔です→ゼロ・ポイント・フィールド「宇宙のあらゆる存在を結びつける媒介」

正直、自分もまだしっかり捉えられていません。平たく言えば「一見ゼロに見える静けさの中にある無限のエネルギー」というわけで、最初に浮かんだトリオのイメージは「ゼロ・ポイント・フィールド」の方が一致する。だからといってそのままバンド名にするにはなあ。

よし、バンド名は読めないロゴマークにして、「元プリンス(the Artist Formerly Known As Prince)」みたいに、「元橋本学trio」にしようか。山本山みたいな語呂ですが。

そんなわけで、もうすぐバンド名が決まりそうです。いや、読めないだけで決まりました。
たぶん新曲2曲くらいは披露できそうです。

2017年12月4日月曜日

なぜドラマーの自分がJaco Pastorius tributeなのか?

1月に久々に都内でリーダー企画をやります。エレクトリックベースの概念を覆し音楽の歴史にはっきりと一石を投じたJaco Pastoriusに捧げる一夜です。

ベーシストがジャコ・トリビュートをやるのはよくある事ですが、何故ドラムの私がジャコを?というわけで、橋本学のジャコ遍歴をざっと振り返ってみます

・出会い
 
NHK-FMの本多俊夫さんの「ジャズ・クラブ」という番組を背伸びして聴いていたら「ドナ・リー」が流れたんですが、チョッパーじゃなかったので割とスルー気味でした。
・2度目の出会い
吹奏楽部の部室で「ワードオブマウス」の「クライシス」を、1足先にハマった後輩が流していて「なんじゃこりゃー!!」と大衝撃。全く訳が分からない音楽でしたが撃ち抜かれました。その後ウェザーリポート「ナイトパッセージ」の「ポートオブエントリー」を爆音で、その場に居合わせる気になるまでジャコを浴びまくり、ビル・ミルコウスキー著の伝記本を近所の本屋で取り寄せて穴が空くまで読み、デビューアルバムの「コンティニューム」に影響され高校の卒業文集にはジャコを実名で登場させた創作小説を書きました。恥ずかしい。
 
・受験浪人時代
 
ウェザーの「8:30」を聴きながら不安な浪人生活を案じ、「ライブ・イン・NY vol.4」の超高速「ティーンタウン」で受験ストレスを解消し、アルバート・マンゲルスドルフとの「トライローグ」のぶっといベース音にトリップしておりました。「トライローグ」の日本語ライナー「ヘイ・ジョー!あのトロンボーンプレイヤーはヤバイね。一緒にセッションできるようにちょっとアレンジしてくれよ!」「ディスコ通いをする数少ないジャズ・ミュージシャンであるため女性にモテて、狂乱のスウィングをする(以上ライナー引用)」アル・ムザーンのセリフ和訳がツボでした。
そんな事しながらも受験勉強の栄養源にしてちゃんと勉強しましたから。

先述の伝記本と音源から、ジャコはジャズとロックとR&B、そして故郷フロリダに程近いカリブの音楽を、実に節操なく優劣をつけずに吸収している事がわかりました。兼ねてからジャンルに壁を作ったり、ジャンルに優劣をつける、特にジャズ界における風潮に強い反発を覚えていた自分は「節操なく優劣をつけずに吸収」する点でジャコは大きな指針となり、振り返れば現在まで大きく変わっていないため、10代の頃のジャコとの出会いがその後の自分の音楽的方向性を決定づけ強化した事は間違いありません。
一方伝記本ではドラッグとアルコールで身を崩し音楽活動もままならない様子が赤裸々に書かれており、巻末インタビューにあったジョン・スコフィールドの「ケミカルからは何も生まれない」という言葉を真に受けて、絶対にドラッグはやらないと心に決めて今に至ります。
ちなみにその頃から自宅のアコギでR&Bスタイルのジャコのベースラインをなぞって弾いてみたりしていました。
 
・大学ジャズ研入学後
 
誰かが反応してくれるかと思いながらタワレコで買った「ジャコTシャツ」をいろんな所に着て出かけ、演奏していました。恥ずかしい。
パット・メセニーの「ブライト・サイズ・ライフ」やウェザーの「ヘヴィー・ウェザー」、ジョニ・ミッチェル「シャドウズ・アンド・ライト」等残りのディスコグラフィーをコンプリートしていきました。
共用のエレベが部室にあったため、夜な夜な1人になってから「コンティニューム」「アメリカ」などソロ曲を自分で弾いてみたりもしました。「ザ・チキン」ならセッションもできるくらい弾けるようになったかな。また、DCIの教則ビデオを買ったり、先輩からモントルージャズフェスやオーレックスジャズフェスの映像を見せてもらったり。今みたいにYouTubeが無い時代です。
この頃、訳が分からないドラマーだと思っていたジャック・ディジョネットにどハマりし、マイケル・ブレッカー、ウエイン・ショーター、ピーター・アースキンに続々とハマり、結局「ワードオブマウス」に全員入っているという現象が起きていました。
1996年にはハービー・ハンコックの「ニュー・スタンダーズ」を河口湖ステラシアターで生で見て熱狂した帰り道のジャズ研先輩の一言「ジャコと親しかったメンバーばっかりでジャコがそこに居るみたいだった」に大きく頷いた覚えがあります。マイケル、ハービー、ジャックの他にドン・アライアスも居ましたからね。前座バンドのドラマーは何とアースキンでした。
 
・プロ活動以降〜現在
 
「ホリデー・フォー・パンズ」に実はジャック・ディジョネット参加曲があるのを発見したり、ウェザーの公式未発表ライブ集「ライブ・アンリリースド」コンピの「レア・コレクション」「アーリー・イヤーズ」等はよく聴きました。
何よりデカかったのは織原良次との出会いでした。初めて出会った自分以上のジャコオタクでフレットレス・ベーシストで、しかも弾けるなんて最強じゃないか!初共演はギター関根彰良君のトリオ「初代Akirax」でしたが、深夜リハの途中から2人でジャコごっこになってしまい、バンマスがソファーで寝てしまったのをよく覚えています。
ただ彼も現役の1ベーシストであるため、ジャコからの影響と自分の音楽活動の狭間でその後ずいぶんと悩んだと思いますが、数々のステージ経験と研鑽を経てベース技能と対応力・自分のオリジナルな音色とアプローチを確立してそこを突き抜け、それでもジャコオタクを貫き通して現在に至ります。それが世に認められ、彼が一時期ベースマガジンで「ジャコ奏法」について連載していた事は本当に凄いと思います。ツアーに同行すると彼のファンは全国各地におり、同時に全国から彼の元へジャコ情報が集結しているように思います。
 
私橋本と織原良次は橋本学トリオを始め数々のユニットで一緒に演奏していますが、別にその現場でジャコのコピーをやっている訳ではなく、共演歴を重ねた結果、既にジャコを介さない境地でリズム・セクションかつ音楽・セクションが組めているように感じます。ただしジャコが居なければ出会わなかった2人というのは間違いないでしょう。
まあとにかく2人で話しているとだいたいジャコの話題です。もう15年くらいずっとです。伝記本の細かい文言についてとか。「このディスクは再考の価値もない」「倫理にもとる男」「ウッディ、コニャックをくれ!」とか、あの本は名訳ですね。

そんな織原良次が最近「ジャコ・パストリアス特集」的なライブを各所でやっている情報を見かけたり、ソロベースでジャコの曲を演奏している動画を見たりしまして、そろそろ自分もジャコへの積年の想いをぶちまけるタイミングかなと思いまして。織原良次を道連れに。


実にヒネりのないチラシですがよろしくお願いします。

2017年7月27日木曜日

たわわ食堂及び「サラダまぜそば」のご案内

まさか公式ブログで食べ物販売のお知らせをするとは思わなんだ。

そんな訳で私の製麺した中華麺が食べられるのは

たわわ食堂


です。

もともと長野・富士見「たわわ」は植物性食材のみを使った完全予約制ランチ営業の知る人ぞ知る農園カフェでした。野菜は大部分を敷地内の農場で育てて(有機無農薬)収穫、自家栽培大豆から醤油や味噌、みりんまで自家製、もちろん田んぼでお米も作っております。そのノウハウは主に「たわわ」創業者である「自称オタク」めぐさんが全て1人で作り上げたものです。

相方が「たわわ」に就業した事で私も富士見移住に踏み切り、移住1年目は演奏が無い時はお手伝いという名の農業体験学習をさせてもらっていました。「これ雑草ですよねー?」とピーナッツの苗をザックリ抜いたり、数少ないお手伝いの中でさすがオレな数々の粗相をしましたねー既に懐かしい!

そんなオレなのに移住2年目の今年4月から「たわわ」スタッフとしてガッツリやらせていただく事になり、それからは田植えやったり大工仕事やったり煙突掃除やったり薪割りやったり、全てが新鮮です。もちろんミュージシャンとしての活動は全面的に応援していただいています。

そんなたわわがとある事情で富士見でのカフェを休業(農地はそのまま継続)し、小淵沢の道の駅近くのマナマハロというスペースで「たわわ食堂」を週末営業する事になり、メニューの中に和え麺的なものを取り入れるに当たり、私が製麺を担当する事になった訳です。

今いるスタッフとその友達ネットワークを最大限に駆使し、専門外の事まで複数の業務をかかえ知恵を出し合うのが「たわわ」のやり方です。もうラーメンはほとんど食べないながら知識だけは山のようにある私橋本はまずメニュー名「まぜそば」を提案しました。ラーメン→つけ麺→油そば→汁なし担担麺など色々出てきた中で「まぜそば」というジャンルはまだ比較的新しく、これからどんどん多様化していく分野なので参入とアピールがしやすいのではと思いました。

数度のメニュー変更を経て現在のラインナップは以下の2品。

サラダまぜそば・レモンしょうゆダレ

サラダまぜそば・ごまダレ

公式アカウントは
たわわ食堂 instagram
です。特別企画や新メニューのご案内はこちらで更新、冬期休業予定なので11月いっぱいくらいまで営業します。
橋本もたま〜に店頭にいますが、「麺がわからないやつは金はいらねえ、帰っていいよ!」とか言わないのでご安心下さい(笑)。

たわわ食堂

山梨県北杜市小淵沢町1560
お問い合わせ:tawawacafe☆gmail.com ←☆を@に変えて





2017年7月24日月曜日

自家製中華麺デビュー@たわわ食堂

さあ4ヶ月に渡る自家製中華麺について語り尽くすのでめっちゃ長文ですよ!

だいぶ前から「ベジタリアン(ヴィーガン)対応ラーメン」を趣味で作っていたのですが→過去記事「ベジタリアンのための自作塩ラーメン・完全版レシピ」 麺は「市販乾麺パスタを重曹で茹でる」という方法で対応していました。
ところで、移住してすぐから大変お世話になっている富士見町「たわわ」が小淵沢に週末営業の「たわわ食堂」を出店する事になり、なんとそこの「サラダまぜそば」の中華麺を私橋本学が担当する事になりました

製麺を初めてやってみたのは3月末→ 過去記事「自家製麺 Day 2
1ヶ月後にこのお話をいただいたのですが、もう「やります!」と2つ返事してしまったので後には引けません。後で聞いた話によると、たわわの総帥・めぐさんは、橋本がスープも麺も同じくらいの自作歴があると勘違いしていたそうで。いやいや、スープ歴4〜5年の製麺歴1ヶ月ですから!

ネットで自家製中華麺レシピを調べ尽くし、パスタマシンを借りで初めて切り出した試作がこれ。

パスタマシンだとさすがに細くなり、うどんの様にはならずに済むんですね。
しかし、茹でた瞬間ブチブチ切れて麺にならない。これは小麦粉と重曹・塩・水を混ぜる段階の「水回し」の不徹底が原因かと推測、小麦粉をふるいにかけて、ダマを極力潰して小麦粉の1粒1粒にきちんと水が行くようにしました。

加水率を45→43→42→40→42→40と試し、熟成時間も工程内であらゆるバリエーションで試験しました。その結果段々と麺が逞しく、中華麺ぽくなっていきました。





なんとか「麺切れ問題」がギリギリ解消されるかされないかのタイミングで6/24.25「たわわ食堂」がグランドオープン。お陰様で「まぜそば」は14食食べていただけました。

ただ、例えば加水が少なすぎると切り出し時に切れてしまったり

まだ湯切りの時に思い切りザルを振れなかったり、自分の麺に不安もあったので7/22までお休み。演奏活動に戻りました。

実はグランドオープン終了翌日に、中華麺を特徴付ける添加物「かんすい」について調べていて大変な事に気付きました。
自分はかんすい代替品として重曹を使っていましたが、重曹は「加熱時にかんすいと同じ成分に変化しつつ炭酸ガスを発生する」という根本的な事実を見逃してしたのです。つまり、
小麦粉と重曹・塩水溶液を常温で混ぜていた麺は、茹でた瞬間重曹が加熱され炭酸ガス=気泡が発生→麺がブチ切れる
これだ!つまり
重曹は水溶してから加熱し、炭酸水素ナトリウム→炭酸ナトリウム+二酸化炭酸に分離させてから粉に混ぜるべし。

ネットのどこ探してもこのエラーについては書いていないので、麺ブチ切れ難民の皆さんは本ブログへいらっしゃい!!炭酸ナトリウムというのは、天然かんすいの成分そのものです。

これを解決してからの麺がこちら↓

うむ、力強い!もっと早く気付けばよかった。

パスタマシンで切り出す前に生地を平らにして徐々に圧縮します。

これを麺帯といいます。製麺のほとんどの時間を「水回し」と「麺帯作製」に費やします。この2つの工程は本当に大事!最近は麺帯の「エエ感じ」と「イマイチ」がわかるようになってきましたが、イマイチな麺帯からでも安定して綺麗な麺が作れるようになってきました。加水率の微調整ですね。


先日「内モンゴル天然かんすい」なるモノを入手し、使ってみましたが、重曹で作った麺の方が美味しく評判もよかったので、天然かんすいは追い追いやります。まだボーメ度がよくわからん!

これが最新の麺。


製麺作業は粉1.5kgで行うと夜中2時くらいまでかかってしまいますが、打ちたての麺を夜な夜な茹でての試食がたまらんのです。打ちたてはまだボキボキでゴワゴワなので試食にならんのですが、ただのお楽しみタイムです。タレは「酢じょうゆごま油」これ最強!

夜中ではなく、晩飯に普通のラーメンでも食べてみました。麻布かおたん+京都新福菜館インスパイアの自作スープのベジ醤油ラーメン。麺も自作なのでついに100%自家製ラーメンの完成です。


製麺をやって感じた事は結局音楽をやる中で普段からやっている事ですが「自分の感覚を信じて今そこにある現場に向き合う」のが大事だなあという事でした。その感覚は時に数値データの蓄積をも上回ると。視覚と触覚による「エエ感じ」の麺帯はエエ麺になるし、「ヤな感じ」はヤな感じをリカバリーする作業をすればエエ麺になります。

小麦はほんの少しの条件差で様子が変わってしまうので、熟成時間や加水率を確定させて(厳密には微調整しながら)「普通の中華麺」をコンスタントに作れるようになるまで時間がだいぶかかりました。「麺の出来が悪いから本日休業!」みたいな佐野さんみたいな事はしたくないしね(笑)。

いや、でも佐野さんは職人としては大尊敬していますよ。製麺始めてから何気なく覗いた生前のブログ記事 

しかしな、これだけは今の内に覚えていて欲しい。
一番大事なのは、麺帯・麺線・麺だ!
早くやんないと乾いてしまうだろ!?
事前の準備を段取りよくやれよ・・・

これを読んだ日から麺帯乾燥に細心の注意を払うようになり、ますます麺が安定しました。ありがとよ佐野さん!1回しか食べに行かなかったけど。

もう麺の事は語り尽くせないのでこのへんで。あとは小淵沢まで食べに来て下さい!
ウザいくらいの長文なので食堂のご案内は次の記事にします(笑)。