建設中ではなく、もぎ取られた跡でした。津波が容赦しなかった様子が3年たってもはっきり伝わります。
さらに海岸とは反対方面へ向かうと、一軒の蕎麦屋さんがありました。そちらでお昼「おろし蕎麦とミニ天丼セット」をいただきました。食べながら店員さん達の会話を耳にしましたが、つい昨日に地震があったらしく「わたしカバン持って逃げたわ、津波くるー言うて(笑)」「大げさなー(笑)」と、地震やら津波やらを笑いながら話していました。ここの蕎麦屋さんは津波以前から営業していて、平屋の屋根の上まで津波にかぶりながらも再建、建物そのまま営業を続けているそうです。被災地の方々は、自分が思っているよりずっとずっと強いです。だからといって何の考慮も必要ない訳ではなく、今でも放射能問題や経済的な問題で苦しんでいる人々はたくさんいます。
あれから3年たちました。当時、被災地のためにできる事を考えた時、一番手っ取り早くて確実なのは金銭的な支援。しかし自分にはその能力はありませんでした。次に人的支援すなわちボランティア。一度だけ福島の動物愛護センターに被災動物の世話に行きましたが、その後行けていません。
震災後に自分の内面で変わった事は、ほとんどが相方の受け売りではありますが、自分が死んだ後に残すべきものをイメージしながら生きる事です。生きているだけで自然破壊せざるを得ない現代日本、それも都市部の生活スタイルの中で、せめて破壊の少ない生き方をしていこうと。廃棄物はなるべく少なく、環境に配慮した製品をできるだけ使う。玄米・菜食はほとんど趣味ですが、結果的に環境に優しいライフスタイルでもあります。
ソロ・パフォーマンスで「ごはん」という企画を過去に複数回やりまして、10月に浜松で、食の専門家の方々とコラボ企画を計画中です。決して啓蒙活動などという偉そうなものではなく、橋本個人としては自分が経験したライフスタイルの楽しさをパフォーマンスを通じてただ共有したい、それだけの事です。その輪を広げて行く事で、後世に向けて破壊されない国土を残せるはずだと考えています。ガソリン車に乗り原発からの電力を使いながらの生活を続けるという矛盾を抱えながらですが。
しかしそれはとても気の長い個人的な話。自然災害は自然災害です。実のところ今回の岩沼市訪問で、被災地支援についても津波という自然現象に対しても、自分の無力さと人間の無力さを改めて痛感したというのが率直な感想です。目にした現実があまりに大きすぎました。
蕎麦屋を後にし、駅まで5・7km歩き切り、いざ電車に乗ろうとしたらなんと踏切事故で電車が来ない!隣の名取駅からは電車に乗れるらしく、名取駅まで4km…しめて9・7km。よし、歩こう!
その決断が出来たのは、前日、北海道滞在中に日本列島徒歩縦断にチャレンジ中の青年に会ったのが大きかったです。その話は次の記事で!
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